上海三聯(lián)書(shū)店が出版する「上海日軍慰安所実録」が7日発売された。同書(shū)は上海市の慰安所跡149カ所の場(chǎng)所を細(xì)かく記載した初めての書(shū)籍だ。
同書(shū)の扉には、「かつて日本ファシズムに陵辱された被害者に謹(jǐn)んで捧ぐ」という、著者?蘇智良教授(上海師範(fàn)大學(xué))の言葉がある。計(jì)287ページに及ぶ事実の記録をまとめるため、蘇教授は各地での調(diào)査に13年を費(fèi)やした。費(fèi)用はすべて自費(fèi)という。
出版編集擔(dān)當(dāng)者?王秦氏が同日説明したところによると、上海は舊日本軍がアジアに構(gòu)築した慰安婦制度の発祥地であり、代表格でもある。殘念なことに、當(dāng)時(shí)の舊日本軍が中國(guó)で実施した慰安婦制度について、これまで詳細(xì)な事実をまとめた書(shū)籍は中國(guó)になかった。
蘇教授は「調(diào)査を通して多くの証人を探し出した」と語(yǔ)る。例えば當(dāng)時(shí)の舊日本軍第13軍司令部伝令兵の近藤氏はかつて、楊家宅の慰安所に行ったことがあると話し、確実かつ有力な多くの証言を提供した。蘇教授と近藤氏は當(dāng)時(shí)、近藤氏の生前には証言を公開(kāi)しないことを約束していた。近藤氏が他界した今、蘇教授は近藤氏の証言を発表する責(zé)任があると考えている。
蘇教授は1980年代に慰安婦問(wèn)題の研究を開(kāi)始した。4地域で資料を収集し、日本の元兵士や事情を知る人など約100人を取材し、慰安所跡149カ所の実地調(diào)査を行った。このうち多くの慰安所は、戦時(shí)中に日本人が自ら記録したもので、中國(guó)國(guó)內(nèi)には記録が殘っていなかった。
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2005年6月8日